2008年06月16日
露天商 平和への想い
今から60年以上前、日本とアメリカは戦争をしていました。
私は今も残る鶴城幼稚園生、空襲警報で校庭の防空壕に逃げ込んだ想い出
があります、父の顔は写真でしか知らない。かくして母は戦争未亡人となり戦後の
貧しさと空腹の中.家族4人を養ってきた。
宇和島市の遺族総会が昨日あった、遺族は亡くなられたり、寝たきりで、参加は
その遺児がほとんどである、でも戦争はしっているし、その後の困難な日常生活
も知っている。宇和島も空襲で人も家も犠牲になった、慰霊祭に参加も少なくなった。
春から値上げラッシュが一段と激しく続く、原油や小麦の価格の高騰で生活者は
苦しんでいる。戦後まもなくのことを思えば我慢できる世代の集まりだった遺族会。
細々となっても続けていかなくては、亡くなられた戦争犠牲者に申し訳ない。

